大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)121号 判決 1962年12月21日

控訴人 大阪国税局長

訴訟代理人 水野祐一 外四名

被控訴人 佐瀬昌盛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」旨の判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、原審は所得税法における所得発生の時期を、債権が具体的に確定したときと解しながら、競売法にもとづく不動産競売においては競落許可の時における競落代金の支払義務は、その義務性が基だ微弱で、従つて、これに対応する競落代金債権もその権利性が甚だ微弱なものであるから、競落許可決定の時を以て具体的に確定した権利と解することは困難であるとして、控訴人の主張を排斥したが、この判断は競売法にもとづく競売の性質に対する解釈を誤つたことに基因するもので承服できない。

競売法による不動産競売の場合における競落人の不動産所有権取得時期をどうみるかについては、学説と判例との間に顕著な対立があり、現時の学説の多くは不動産所有権は競落許可決定言渡の時に、代金不払を解除条件として、競落人に移転すると解しているのに反し、判例は大正四年一二月一五日大審院判決(民録二一輯二一一七頁)以来、競落代金完納の時に不動産所有権が競落人に移転するという見解を踏襲している。

ところで、この点に関する判例理論はその表面上の強固さに似合わず、内容からいえば極めて貧弱で、その先例となつた前記大審院判決も、競売法第三二条第二項により競売法による不動産の競売に準用せらるる民訴法第六八七条第一項には、競落人は代金の金額を支払ひたる後に非ざれば不動産の引渡を求むることを得ずとあり、又競売法第三三条第一項には、競落人は競落を許す決定が確定したる後直ちに代価を裁判所に支払うことを要す、この場合に於ては裁判所はその裁判の謄本を添へ、競落人が取得したる権利の移転の登記を管轄登記所に嘱託すべしとあるによりて之をみる時は、競売法は競落代価の全額が支払われたときに於て不動産の所有権が競落人に移転すとなすものたるや明かなりというにあつて、その理論づけは実定法の条文上の表現を理由とするもので、担保権実行の特性を根拠とするものではない。

思うに、競落人の不動産引渡要求あるいは競落人のための権利移転登記の嘱託の前提として競落代金全額の支払が要求されているということから、代金金額の支払の時に所有権が移転すると結論する判旨には論理の飛躍がある。競売法第三二条第二項が競落許可決定によつて競落人が不動産所有権を取得する旨の民事訴訟法第八六条を準用規定のなかに入れていないのは、競売法第二条第一項が、すでに、各種の競売につき、一般的に、競買人は競落に因りて競売の目的たる権利を取得すと規定しているところから、同案の適用と重複することをおそれたからであつて、げんに、競売法が同法による競売について民訴法六八六条を前提とする同法第六八七条を準用する旨を規定しているのは、当然に、競売法第二条第一項が不動産の競売に関する限り民事訴訟法第六八六条と同一趣旨に帰することを前提とするものと考えなければならない。

ところで、民事訴訟法第六八六条にいう競落許可決定に因りてというのはその言渡の時であると解するのが正当であり、又それが通説となつているのであるが、競売法による競売にあつても競買人が競落に因りて競売の目的たる権利を取得する旨の競売法第二条第一項の規定は、不動産の競落については民事訴訟法第六八六条におけると同一に解し、競落許可決定の言渡の時に所有権移転を生ずる趣旨であると解するのが正当である。何故ならば、民事訴訟法第六編の規定による不動産の強制競売と競売法による担保権実行のための不動産の競売とは、責任の強制的実現という点においてその本質を共通にするから、成法上、競売法に反対の趣旨があらわれていない限り解釈を同一にすべきものであるところ、右所有権移転の時期を不動産の強制競売の場合と同一に解することを妨げるような規定は競売法の成文上見当らないのみならず、競落不動産の所有権の帰属を前提とする幾多の問題につき、民事訴訟法による不動産の強制競売と競売法による不動産の競売のそれぞれについて異別の結論を引き出す現時の判例理論から生ずる実際上の難点を払拭することができ、結果的に妥当であるからである。また、不動産競売における所有権移転の時期をこのように解することは、私法上特定物の売買においては、所有権は売買契約の締結の時に移転するとみる判例及び有力な学説との対比の上から支持されるべきものである。

ところで、不動産の競売手続において、競落人が代金支払義務を履行しないときはその履行を訴求することはできず、当該不動産について再競売が行われるが、その際不履行の前競落人はいわゆる不足額及び再競売手続費用を負担させられるという不利益をこうむる虞があるに過ぎないというわが法制の下では競落代金債権は競落許可決定の確定の時から競落代金の支払があるまでの極めて短い生命を保つに過ぎない訳であるが、競落代金債権のこのような性質は訴訟法上の権利に共通する特性で、手続の内部において手続法上の原因に基づいて成立する権利であるところから由来するのであるから、このことによつて競落代金債権の権利性を否定することは許されない。而して実定法上の規定を欠け付れども右債権は競売債務者に属するものと解すべきものである。

以上の理由により、被控訴人につき、本件不動産の競売による譲渡所得の発生した時期は、その競落許可決定言渡の時である昭和二七年一二月二七日とすべきで、控訴人のこの見解にもとづく審査決定は正当でこれと異る見解に出でた原判決は誤りというべきである。旨陳述し、被控訴代理人において「不動産の競売による譲渡所得は、競落代金が現実に支払われた時に発生すると解すべきである。即ち、昭和三五年三月一日所得税法取扱通達第二〇二号によると、譲渡所得は譲渡によつて資産の所有権が移転した時に収入金額があつたものとしており、而して所有権の移転する時とは現実に引渡があつた時又は代金が支払われて明かに目的物が相手方に移つた時となすことは過去、現在に至る例外なき課税の実際である。ところで競売法による不動産競売の場合、競落代金が支払われた時に当該不動産の所有権が競落人に移転するのであるから、本件競落代金の支払われた昭和二八年一月一四日を以て右不動産の譲渡による被控訴人の所得が発生したものというべく、従つてこれと異る見解のもとになされた本件審査決定は違法で取消さるべきである。」と述べた外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(原判決中、奈良税務署長が課税処分をなした日が昭和三一年三月一四日とあるのは同年六月一四日の誤り、又控訴人提出書証中乙第七号証とあるのは乙第七号証の一、二の誤りであるから、ここにこれを訂正する。)

理由

当裁判所は被控訴人の本訴請求はこれを正当として認容すべきものと判定した。その理由は原判決理由三の点について左記の如く敷衍する外は、原判決理由のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

所得税法においては、何時を以て所得があつたとすべきかについてはいわゆる発生主義がとられているが(同法第一〇条第一項参照)具体的な個々の取引においては、何時所得が発生したとみるべきかは判定の容易な問題とは言えないところである。

思うに、元来税は、終局的には、現実に収受された所得に課せられるべきものであることにかんがみると、発生主義をとる所得税法にあつても所得が発生したといえるためには、一般的に言つて、所得が現実に実現されたことまでは要求されないまでも、所得の生ずべき権利が所得実現の可能性の高い程度に成熟、確定することを要するものというべく、従つて、当該権利が、このような程度までに達せず、単に、成立したに止まる段階では、いまだ所得が発生したとみるべきではないと解するを相当とする。

これを本件について考えるに、本件の所得は不動産競売による不動産の譲渡から生ずる所得即ち競落代金である。およそ、不動産競売にあつては、いわゆる強制競売にしろ、任意競売にしろ、その競落代金債権は競落許可決定言渡のときに発生するものとはいえ、競落人は競落代金支払期日に代金を支払わなくとも、これを直接に強制されることはなく、再競売において競落代金が自己の競落代価より低いときにその不足額及び再競売費用の損失補償を請求されるに止まることにかんがみると、競落許可決定言渡の段階では何等競落代金という所得を実現する可能性の高い程度に成熟、確定した権利性をもつものとはみられない。それのみならず、本件の如く競売法にもとずく競売にあつては、当該不動産の所得権は競落許可決定の言渡によつては競落人に移転せず、競落代金の支払われた時に移転するものと解する。(その理由は控訴人の引用する大審院判例の説示するとおりで、控訴人のこの点に関する主張は採用しない。尚最高裁判所昭和三七年八月二八日第三小法廷言渡判決参照)

以上の如く、いわゆる不動産の任意競売にあつては、競落許可決定言渡の段階では、当該不動産の所有権は競落人に移転しておらず、かつ又、その競落代金債務も亦前記の如く競落人をしてこれを強制的に履行せしめる道はないのであるから、かゝる段階(本件では昭和二七年一二月二七日)における競落代金債権をとらえて所得の発生があつたものとして課税することは発生主義の立場からするも行き過ぎであつて、競落代金支払の時(本件では昭和二八年一月一四日)を以て所得があつたものとみるのが相当である。

よつて、原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 宅間達彦 井上三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例